特攻隊

鹿児島県の知覧町には会社に入って何年目かの時に行った。
土曜日に大口市での仕事を終え、次の日は日曜日ということもあったのでその日は鹿児島市に宿泊した。
夕方の便で東京に戻らなくてはならなかったため、鹿児島市から知覧町まで行くバスに朝早くから乗車し出発した。けっこう遠かったような気がする。
知覧町に着いたのは昼前だった。特攻隊の資料館がある場所がわからず近くのお店に入り、そこのおばあちゃんに聞いた。おばあちゃんは歩いていくのは大変だからとタクシーを呼んでくれた。そしてタクシーがくる間、ちょうど焼き芋があるからとサツマイモをいただいた。
タクシーに乗り込み資料館に向かう。途中、道路わきにたくさんの灯篭がならんでいたのでタクシーの運転手に聞いてみた。するとたくさんの灯篭は、特攻でなくなった人を偲んで建てられているとのこと。まだこの灯篭はこれからも建てられ続けていくということを聞いた。
資料館には車で約7,8分で到着。ちょうど資料館わきの広場では祭りがしていて多くの家族連れで賑わっていた。それを横目に資料館に入場する。特攻隊に関する資料、遺書や遺品、飛行機などが並んでいる。私がその中でも今でも記憶に残る遺品。それは家族に宛てた遺書である。昔の人はどうしてこんなにきれいな字なんだろうと思った反面、家族への思いが綴られた内容の手紙は涙を誘うものがあった。どんな思いでこの手紙を書いたのだろうか。どうも私はこうしたところに来てしまうと感情移入してしまう。
資料館を見終わって外にでる。お昼はおばあちゃんにもらった焼き芋を食べることに。ベンチに座って新聞に包んでもらった焼き芋をみると種類の違うサツマイモが3種類。ありがたくいただいた。そういえば戦時中はこうした芋ばかりしか食べれない時代だったと聞く。一瞬、戦時中の思いを味わった気がした。